100年ぶりのイノベーション、日本の知が生み出したアンモニア合成技術

脱炭素を見据えた次世代エネルギーとして、さらにウクライナ侵攻による資源価格高騰で注目されるのがアンモニアです。アンモニア(化学式:NH3)は、窒素と水素で構成されているため、次世代のエネルギーである水素を扱うための素材として利用しやすく、また農作物を生産するための必須肥料(窒素)の原料でもあります。アンモニアを安価に大量に合成するには、100年前に発明されたハーバー・ボッシュ法による工業生産をおこなうのですが、生産の過程で大量の電力を消費します。
アンモニアそのものは、炭素を含まないという意味でクリーンであるものの、その生産には大量の電力消費と二酸化炭素排出を伴う矛盾が課題となっていました。

脱炭素のカギを握るアンモニア
脱炭素文脈においてアンモニアは、二酸化炭素を排出する化石エネルギー(炭素が含まれる)を代替する新エネルギーとして期待が寄せられています。というのも、社会的なストックである石炭火力発電にアンモニア(NH3が含む水素)を混焼させることでCO2排出量を減らすことができるからです。
資源エネルギー庁の試算によりますと、国内の年間CO2排出量・約12億トンのうち、電力部門の排出量は約4億トン。石炭火力発電所に20%混焼させるとCO2排出量は約4,000万トン減少し、専焼(化石燃料を水素に100%置き換える)させると約2億トンのCO2を減らすことができるそうです。

しかし、世界の原料用アンモニア生産量は年間約2億トン程度。そのうちの貿易量は1割くらいしかなく、ほとんどは地産地消されています(2019年時点)。ちなみに、日本の原料用アンモニア消費量は約108万トンで、そのうちの約2割を海外から輸入しています。
つまり、現在生産されているアンモニアの主用途は肥料や化学原料用であり、化石エネルギーの代替エネルギーとしては全く足りない状況です。20%混焼するとしても必要な約2,000万トンを燃料用としてどのように調達するかが課題となっています。

肥料(戦略物資)としてのアンモニア
ロシアがウクライナへ侵攻したことにより、ロシアに経済制裁が加えられたことで、肥料の価格が高騰しました。
実は、アンモニアを生成するための原料は天然ガスであり天然ガスの輸出規制と窒素肥料の輸出規制という二重の供給不足が原因です。
つまり、天然ガスの価格が上昇すると、原料価格と電力価格(天然ガス発電)が上昇して肥料価格が上昇し、さらには肥料の価格上昇を反映して食料価格も上昇するという構図になっているわけです。
先に述べた通り、現在のアンモニア生産は主に肥料や化学製品などの原料用であり、燃料用としての供給は圧倒的に不足しているのが現状です。

グリーン(CO2を排出しない)なアンモニアをどうつくるか?
仮にアンモニアを燃料としてみた場合、
①サプライチェーン(調達)をどう構築するのか
②生産プロセスにおいてCO2排出量をどう抑えるか、といった課題があります。
生産プロセスにおいては天然ガス由来でアンモニアを合成するとCO2を排出しますが、アンモニア合成のCO2排出量は世界の総排出量の3%を占めているといわれています。

再生エネルギー(太陽光や風力など)を利用して、水を電気分解して生成される水素であればグリーン水素にはなります。
しかし、水素をアンモニアに化学合成するときには大量の電力を消費します。水素と窒素を反応させるためには高圧と高温(400℃)というプロセスが不可欠だからです。
つまり、エネルギーを大量消費するハーバー・ボッシュ法のままでは、脱炭素社会という課題を克服することが困難なのです。

東工大がアンモニア合成技術をアップデート!
現在のアンモニア生成技術の基礎となるハーバー・ボッシュ法は、ドイツ人であるハーバー氏とボッシュ氏が1900年代初頭に発明したものです。
この発明によりアンモニアの大量生産が可能となり、さらにアンモニアの大量生産により食料が大量生産されることで現代の人類が繁栄しているといっても過言ではありません。ちなみに、ハーバー氏とボッシュ氏は、この発明により1931年にノーベル化学賞を受賞しています。人類にとってアンモニア合成の発明は極めて偉大な発見といえるのです。

しかしながら、前述のとおり、ハーバー・ボッシュ法による合成には高温による化学反応が不可欠であり、すなわち大量の電気を消費します。カーボンニュートラルを実現するにはアンモニア合成温度を大幅に低下させる新しい発明が必要となっていました。

そしてついに、東京工業大学の科学技術創成研究院(細野秀雄栄誉教授、原亨和教授)が、低温領域でのアンモニア合成を実現する新触媒(CaFH)を開発しました。
従来の触媒(鉄触媒)では200℃以下では反応しませんが、新触媒は50℃の低温領域でも化学反応が起きるというものです。

東京工業大学は、これまで基礎研究を続けてきた触媒を事業化するために「つばめBHB株式会社」を2017年に設立し、小規模分散型アンモニア生産プラントシステム開発事業を開始。ラオスで水力発電の余剰電力を使ったアンモニア生産に乗り出しています。

同社には、日本郵船や出光興産、INPEXや三菱UFJキャピタルなど大手企業やベンチャーキャピタルが相次いで出資しており、大学発グローバルベンチャーとして政府と産業界から大きな期待を寄せられています。
日本の英知が生み出したテクノロジーが脱炭素社会に貢献していることに誇りをもって世界に発信すべきと思います。

執筆者:M&A思考事務局

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