さて、我々はM&Aアドバイザーなので、スポンサー探しは得意中の得意である。
しかし、民事再生法を申し立てた九州電子産業のアドバイザーをやりながら、スポンサーのアドバイザーを務めるのは不可能である。
実は、元々距離的な関係もあって、九州電子産業のアドバイザーは別の会社が担当し、我々は得意としているスポンサー探しを担当することになっていた。
「九州電子産業をここまで導いた」という自負とともに、同社の状況やここまでに至る経緯についても熟知している我々は、早速スポンサー候補となる会社を見つけてきた。
日本電子商事という電子部品の商社で、九州電子産業が得意としている事業分野に以前から進出を考えていたので、タイミングも良かったのだ。
民事再生法の開始決定後の段取りは、再建計画を作って迷惑をかけた取引先、金融機関向け債務の弁済率を決めて、債権者集会での承認を受けて実行するという流れになっている。
債権者にとっては、貸したお金や売掛金ができるだけ多く返ってくるほうが望ましいので、当然この弁済率が高くなりような再生計画を望む。
自力で再建するケースもあるが、スポンサーからお金を入れてもらって債権者へ返済する場合、少なくとも自己破産したときよりも弁済率が高くないといけない。
そして、このスポンサーを決めるには公平性を考慮する必要があるため、
通常は入札の手法を取る。
当時、ここに至るまでの流れを当事者に次いで理解していたはずの我々は、「当然自分たちが落札できるだろう」という気持ちから、かなり余裕を持って入札に参加した。
しかし、我々はすぐに、そんな余裕が吹き飛ぶような結末に絶句することになる。
驚きの結末
スポンサー候補の日本電子商事は、鈴木社長の人柄も気に入り、スポンサー候補として最大限の支援をしたいと申し出ていた。
従業員の雇用継続や社長の地位(部長職)保証、商品仕入のサポートなどは鈴木社長にとっては嬉しい提案だったと言える。
鈴木社長のハートもがっちりつかみ、入札金額も、現在の九州電子産業の価値からするとかなり破格の評価をもって入札への準備を進めていた。
我々は、入札前からすでにスポンサーになったような気分でいたのだ。
しかし、実は日本電子商事のM&A担当が発した「入札なんだから、他の会社も当然いますよね?勝てますかねぇ」という言葉がちょっと引っかかっていた。
会社の状況や事業内容についても、そして今回のいきさつもよく知っているという自負もあって、絶対の自信を持っていた我々としても、「もしも我々より資金力があり、九州電子産業の事業やノウハウに高い評価をした会社があったら…」と一抹の不安がよぎった。
一入札社の立場で他の入札者がいるかどうかを知るすべはないが、ニュアンスから推測することは可能だ。
色々な情報を統合してみると、どうも大手メーカーが入札するらしいという結論に達した。
当然推測の域を出ないが、我々一社だけではないということだけは確実だった。
しかし、である。相手がいることが分かったところで、実はもう我々の方針も変更の余地はなかった。
すでに日本電子商事の体力からは限界と言える提示額を準備していたので、これ以上の入札額は会社の経営に影響を及ぼしかねない。であれば、競合他社が強大であっても、全力でぶつかるしか選択肢はないのだ。
そして迎えた入札当日。
我々の全力の提案が善戦したかというと、一言で表現するなら「相手にされなかった」。
事前の予測が不幸にも的中し、大手メーカーが「驚愕の金額」で入札してきたのだ。
金額こそ明示されなかったが、数倍の開きがあったそうだ。
中小企業の全力投球をバッターボックスの大企業に軽々と場外ホームランで打ち返された感じだ。
冗談ではなく「ガーン」というマンガのような言葉が頭に浮かんだ。
そして、ここまでの数カ月間の徒労が走馬灯のようによみがえり、
なぜか無性に可笑しくなってしまった。まさに「笑うしかない」という感覚だったのだろう。
その後、敗戦処理と資料の処分をして本件はクローズしたわけだが、M&Aアドバイザーの商売という面で我々は惨敗を喫した。この数カ月間というのは苦悩と苦労の連続だったが、結果的に「若干の着手金を得た」ことが数値面での成果である。
商売としては、「徒労に終わった」と言うしかないだろう。一緒に入札参に加したスポンサー候補の日本電子商事とともに、入札プロセスにおいて様々な経験と人脈という財産を得たことが、唯一の救いであった。
ところでその後、九州電子産業はどうなったかというと、その大手メーカーが「驚愕の金額」で落札して同社の100%子会社となり、現在も営業を継続中である。
事業もブランドも多くの従業員も一丸となって「守りのM&A」により再生を果たしたのだ。
社長は経営責任を取って辞任したが、あの経理部長は依然として頑張って会社を引っ張っているようだ。実にたくましい。
「食べ物の採り方」はもちろん大切な生きるための知恵だが、「食べ物を保存する方法」もやはり大切な生き残る知恵だ。生きていくためには、攻めも重要だが、万一に備えた「守り」も重要なのである。
飛行機に乗る際に必ず「緊急時の対応」に関するビデオ(たまにCAによる実演)が上映されて救命胴衣などの利用方法の説明がある。
座席には「安全のしおり」が常備されているが、この「安全のしおり」を熟読している人の生存確率は、そうでなかった人より明らかに高いそうだ(一説には15%以上)。
経営についても同じことで、万一のピンチに備えた「緊急時の対応」については、折に触れて学んでいくことをお勧めする。
以前、中小企業庁の方に、会社を登記したら必ず
「経営者のための安全のしおり」を渡しておくべきだと提案したことがある。
当時はそのままスルーされてしまったが、現実可能なら倒産が減るかもしれないので、是非やってほしいと今でも思っている。