なぜM&Aが必要なのか?
まず初めのポイントは「M&Aの目的を明確にする」ということだ。繰り返しになるが、明確な目的無くしてM&Aの成功無し、ということは絶対に忘れないでほしい。
M&Aを検討する前に、現在の経営課題は何なのか、そしてその課題解決のためにはM&A以外の方法はないのかをしっかり検討し、他の選択肢と比較検討した上で実行の可否を判断する。
この検討プロセスでM&A的発想法を活用すれば、「情報と情報とを組み合わせる」という思考プロセスを経て、まったく別の解決方法にたどり着くことも考えられるのだ。
ある商社が液晶関連事業のM&A(買収)を検討していた時のこと。当初は、液晶に関連した電子材料の商売を伸ばしたいという目的でM&Aを目指していたが、検討を続けるうちに、事業そのものよりも、対象事業に携わっている担当者のネットワークに魅力があることが分かってきた。
諸々の事業もあって最終的にM&Aは見送られたが、その担当者を転籍により自社に迎え入れた結果、数年後、同氏のネットワークを活用した事業が拡大して大成功を収めてしまった。
M&Aをきっかけにしたものの、M&Aは実行しないで当初の目的(液晶関連事業の拡大)は達成できたのである。
「目的を忘れずに必要な実を取った」好例だったと言えるだろう。
5年後、10年後を考える
M&Aアドバイザーという仕事をやっていると、よく「今が売り時」という言葉を耳にすることがある。
現在がその事業の旬の時であって、企業価値の評価(すなわち値段)もピークにあるということだ。確かに売却してしまうオーナーから見れば、この解釈は実に正しい。
その通りである。
では、買収する側にとっても「今が買い時」なのだろうか。
当たり前だが、ノーである。
一番高い時(売り時)に買ったところで、そのあと価値が目減りして損をするだけかもしれないからだ。
譲渡する側が5年後、10年後についても、売上や利益を保証することは考えられない(それでは譲渡する意味がない)ので、もし買収後に事業の価値が下落してしまうと、そこから発生する損失は全面的に買収側が負うことになる。
無論、「今がお買い得ですよ~」などと言って売却する輩に問題があるのは明白だが、口車に乗ってあまり熟慮せずに買ってしまう方にも反省すべき点はある。
会社や事業をM&Aする場合、一番大切なのは「買収後にしっかり事業として成り立つか、成長していくか」。
M&Aした時点がピークではあまり意味がないのだ。もちろん、落ちていくことを前提に超格安で買収するという手法もあるが、それでも5年後、10年後にはどうするのかを考えておかないと、結局処理に困ってしまうという事態になりかねない。
したがって、M&Aを実行するときには、
自社の成長戦略をイメージしながら、5年後、10年後にしっかりした事業に育ってくれそうな会社(事業)を選ぶのが望ましい。
「そんな先のことなんて分かるわけない!」という声も聞こえてきそうだが、大切なのは「予測をして決断すること」であり、そうすることで仮に予想が外れていても、「事前に対処して予測を修正すること」が可能となるのである。
ある統計によると、M&Aの成功率は20%程度だそうだ。
どのタイミングをもって成功とするかは会社によって解釈に幅がありそうだが、短期的に収益を上げて数年でしぼんでしまうような事業はあまり成功したとは言い難いと思う。
やはり、5年後、そして10年後になっても、当初の目的通り(若干の修正はあっても)会社の役にたっている事業、そういうイメージを持ってM&Aを実行することが成功への条件と言えるだろう。
「チャイナアドバイス」には要注意
「相対性理論」と言うバンドの作品に、「チャイナアドバイス」というタイトルの曲がある。
詞の内容はといえば、中国とは直接関係なく、「~しちゃいな」というフレーズと「チャイナ」をかけているだけなのだが、その作詞センスが極めて秀逸でインパクトがあった。
恋愛ドラマの中に出てきそうな「あんなヤツ、もうやめちゃいなよ~」というセリフのように、深く考えずに発せられた感があふれ出す、いかにも軽い感じのフレーズだ。
ここまで軽くはないが、M&Aの現場においても「チャイナアドバイス」とでも言うべきアドバイスを聞くことがある。
「社長、ここはひとつ、やっちゃいましょうよ」
ある案件を手掛けている時に、知り合いのM&Aアドバイザーが発した言葉だが、当時とても違和感があったのを覚えている。
売却を希望している会社の財務内容が今一つで、負債が大きいなどの問題点を抱えていたので、買収を検討している会社の社長が色々と判断に迷っていたのだが、確かに負債の内容や収益状況から考えると買収後の回復イメージがなかなか描きづらい案件だった。
買収側の社長はそのあたりを気にして判断しかねていたのだが、その時にさっきの発言があったのだ。当のM&Aアドバイザーとしては、「ここで畳み込んで契約書を取り交わしてやろう」という意図がミエミエだったので、急いで決めさせてしまおうと思ったのだろうが、かえって警戒感を増長させる結果となり、結局検討自体を見送ることになった記憶がある。
譲渡側のアドバイザーとしては、何とかまとめたいと焦る気持ちも分からないではないが、気になっている点を十分納得させずに決断を促すのはあまりにも拙速であり、将来的に失敗してしまった場合、「あの時無理に急かされたから十分に検討できなかった」というクレームにも繋がりかねないのである。
このほかにも、経営コンサルタントが作成するあらかじめ結論ありきの、あまり中身のない分厚い調査レポートなども、その無責任具合はまさに「チャイナアドバイス」と言えるので気をつけたいところだ。
一方で、我々M&Aアドバイザーも経営コンサルタントの端くれである。
この商売は信用第一なので、長く続けていくためにも、自分自身「チャイナアドバイス」には十分気をつけている。
そして、中小企業経営者の皆さんも、コンサルタントの肩書きや見た目、雰囲気に流されず、将来の目的や目標をしっかり見極め、そして5年後、10年後を見据えたM&A戦略の策定と実行をするよう心掛けてほしいと思う。